初めまして。
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今日から住宅関連のブログ始めました。
どうぞ宜しくお願いします♪
さて、昔は、二階デザイン住宅もなかったんだそうです。
しかし、今日の日本では二階家が全く当たり前のことであり、珍しくも何もなくなったが、明治時代、大正の初め頃までは、二階家というのは珍しいことでした。
二階家と言えぼ、宿屋、料亭、廓、商店、特別なものとして養蚕農家などに限られていた。
敷地の高度利用が要請されていた町家にあっても、ちゃんとした天井高の二階を設けることは少なく、多くは立てば頭のぶつかるような屋根裏部屋で、そこに上がる階段は押入の中のかくし階段でした。
屋根裏部屋は下男、下女などの寝部屋になったが、夏はオーブンのようになった。
町家がこのような半人前の二階しか設けなかった最も大きな理由は、徳川時代の身分規制↓衣・食・住についてのこと細かな厳しい規制でした。
「不似合の家作、今より後、仕間敷事(しまじきこと)」という禁止令にはじまって、軒の高さ、室内造作など事細かに規制されていた。
二階家はこうして実質的に禁止された。
それに加えて防火上、二階では消防活動がしにぐぐな、るというようなことによる町内の圧力、分相応という生活態度をよしとする二階建への自己規制もあった。